
「診断書だけで済ませてもらえました。ほっとしたのに、なぜか胸のあたりがずっとざわついています」——そんな一文から始まる相談の手紙が、机の上に置かれている。復職前の職場の人間関係が不安で、顔色をうかがう自分に疲れてきた方から届いた、一通の便りへの返信として、この記事を書いていきます。
復職は決まったのに、所長との面談だけがどうしても気が引けます。所長は『監督責任があるので一度面談を』と希望していましたが、わたしも人事も不要と判断して、診断書だけで手続きを済ませてもらいました。ほっとしたはずなのに、机に向かうとずっと胸がざわついていて。本当にこれでよかったのか、分からなくなっています。
あなたが避けているのは、所長ではなく“肩書きの取れた所長”です
手紙を何度か読み返して、まず思ったことがあります。あなたはおそらく、所長という人が怖いのではありません。怖いのは、所長が「監督責任者」という役割の鎧を脱いで、一人の生身の人間としてあなたの前に座る瞬間です。
肩書きを着ている相手なら、こちらの立ち位置は決まっています。指示される側、評価される側、報告する側。役割が決まっているあいだは、あなたは「自分がどう感じているか」を問われずに済む。ただ受け取り、応じていればよかった。
ところが面談という場は、その役割の壁を一度取り払ってしまいます。監督責任者と休職者、ではなく、人と人が向き合う。その途端に、あなたの中で普段は封じている何かが動き出す——その予感を、あなたはざわつきとして感じ取っているのだと思います。
面談が怖いのは、初めて“採点し返す側”に座らされるから
面談で本当に問われるのは、所長があなたをどう評価するか、だけではありません。その席では、あなたが所長をどう思っているかも、静かに問われることになります。ずっと採点される側だったあなたに、採点し返す椅子が用意される。その居心地の悪さが、回避の正体です。
所長と話すのはまだ気が引けます。何を言われるかというより、自分が何を言ってしまうか分からない感じで。
この一文が、核心をついています。あなたが恐れているのは所長の言葉ではなく、あなた自身の言葉なのです。
お手紙の別の箇所に、他チームの上司から仕事の評価ではなく性格面の注意ばかりを受けた話がありました。先輩の仕事まで率先して引き受けていたのに、損をしている気がして帰り道に苛立ちが残った、と。あの指摘を引きずってしまうのは、あなたに問題があるからではありません。一つの注意を「自分の存在まるごとへの否定」として広げて受け取ってしまう——認知行動療法で全体化(一つの出来事を自分の人格全体の評価にまで拡大する受け取り方)と呼ばれるクセが働いているからです。
この全体化が強いと、面談は自動的に「裁かれる場」に見えます。だからこそ、相手が肩書きを脱いで生身の一人になると、今度はこちらが評価し返す側に立たされ、その席が耐えがたく感じられるのです。
他チームの人からの指摘が納得できず引きずるのはなぜか
指摘に納得できないまま引きずるとき、まず試してほしいことがあります。紙を二列に分けて、「あの指摘は、仕事のことか/わたしの性格のことか」と切り分けて書き出してみてください。仕事の指摘なら具体的な改善点に落とし込める。性格への注意なら、それは相手の主観であって、あなたの全体を測る物差しではありません。切り分けるだけで、丸ごと飲み込まされていた重さが少し軽くなります。
あなたは、断る・不満を持つ権利を“使ってよい”と許されてこなかった
お手紙を読みながら、もう一つ気づいたことがあります。あなたは「陰口を言われたら嫌でしょう」と諭されても「別に、耳に入らなければいい」と感じて、その反応が周りとずれているのではと一人でひっかかっていた、と書いていました。
これはずれではなく、あなたなりの正直な感覚です。ただ、断る・不満を持つ・相手を評価し返すという対等な権利を、あなたはこれまで一度も「使ってよい」と許可されずに来たのではないでしょうか。感情を顔に出すな、という情緒のルールを土台に育つと(アタッチメント=幼い頃に育つ人との安心の結び方の一種)、その権利を持った自分が「わがままな悪い人」に見えて、反射的に封じてしまう。
あなたが避けているのは、面談そのものではありません。面談の場で立ち上がってくる、顔色をうかがわない側のあなた自身なのです。
過度な先回り行動をやめるにはどうすればいいか
こう言うと怒るだろうなって思うと、言われないように先回りして対策しちゃって、これに疲れるんですよ。
あなたの洞察力は高い。相手の気持ちが手に取るように分かる。けれどその力が「分かる=だから引き受けてしまう」という過剰責任(自分の担当外まで背負い込むクセ)に転化しやすいのです。先回りをやめる第一歩は、行動を減らすことではなく、「これはわたしの担当か」と一度立ち止まること。相手を理解する力を、相手に自分を明け渡すためではなく、境界線を引くために使い直していきます。
『なぜ怒るのか』を考え続けてしまう思考の止め方
相手がなぜ怒るのかを頭の中で反芻し続けると、思考は答えの出ない回廊をぐるぐる回り、夕方どっと疲れが出ます。これを止めるには、考えを消そうとするより、外に出すほうが効きます(コーピング=ストレスへの意図的な対処)。
そこで、面談を受けるかどうかを決める前に、一つだけ試してほしいことがあります。
手紙の中でだけ、一度、所長に言い返す一文を書いてみてください。誰にも見せません。声にも出しません。紙の上でだけ、あなたの権利を試運転するのです。
「本当は面談より、まず休ませてほしかった」でも「あの言い方は少し傷つきました」でも構いません。実際に所長にどう感じているか——不満・戸惑い・言いたかったこと——を、誰にも見せない前提で一行だけ書き留める。この一行を書けたとき、あなたは初めて「相手をどう思うか」を自分の内側に取り戻します。承認源を職場の評価という外側に置いているうちは、面談は点数をつけられる場にしか見えません。内側に一行を取り戻すことが、席の名前を付け替える前提になります。
面談は「許してもらう場」でも「怒られる場」でもない
面談って、許してもらいに行くのか、怒られに行くのか、どっちの席なのか分からないんです。
どちらでもありません。復職後の面談は、対等な二人が業務の条件をすり合わせる交渉の席にすぎません。紙に「業務条件をすり合わせる交渉の席」と書いて、席の名前を付け替えてみてください。名前が変われば、持っていくものも変わります。謝罪の言葉ではなく、あなたが働ける条件——時間、業務量、休憩の取り方——を一つ二つ、書き出して持っていけばいい。
そして日常のなかでも、権利は小さく試せます。昼休みに休憩所へ行きづらい日でも、「今日は自分の休憩を優先する」と一つだけ決めてデスクを離れる。所長に仕事を振られても「午後にお答えします」と一度預ける。断る・確保する権利を、面談当日より前に小さく使っておくのです。
職場の人間関係の傷は復職後にぶり返すのか
過去のつらさが復職後にぶり返すことは、あります。それはあなたが弱いからではなく、同じ場面が同じ反応を呼び起こすからです。ただ、ぶり返しは「終わり」ではなく「練習の合図」として使えます。ざわついたら、二列の切り分けと一行の書き留めに戻る。反応そのものより、反応したあとの対処を持っておくことが、あなたを守ります。
どちらの席に座るかは、面談当日ではなく今日決められる
最後に、正直にお伝えします。面談を避けたままでも、復職はできます。診断書だけで手続きを済ませたことは、間違いではありません。
ただ、避け続けるかぎり、あなたは職場に「顔色をうかがう側の席」しか持てません。もう一つの席——対等に条件を交渉し、断り、評価し返してよい席——は、面談当日に突然座れるものではなく、今日の一行から始まります。
復職前に人の顔色を気にしすぎる自分は、消し去るものではありません。その敏感さは、境界線を引く道具に変えていけます。胸のざわつきは、あなたの中で対等な権利を持った自分が「そろそろ座ってもいい?」と席をうかがっているサインなのかもしれません。どちらの席に座るか。それを決める最初の一行を、今夜、あなたの手元だけで書いてみてください。

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