不安障害の治療中に悪化?仕事は続けるべきか

不安障害の治療中に悪化?仕事は続けるべきか

「治療を始める前のほうが、まだ普通に働けていた気がします」——診察室でそう漏らした人がいました。薬を飲み始めてから朝に涙が出るようになり、手も少し震える。前に進むどころか壊れていく気がする、と。けれど、その言葉のなかに、実は回復の入り口がそのまま言い当てられていた、という話をこれからします。

「治療してるのに悪化する」——この言葉を口にした2人が半年後に分かれた話

同じ時期に休職し、同じように「薬を飲んでから調子が悪くなった」と訴えた2人がいたとします。症状の強さはほとんど変わりません。朝の涙、手の震え、夜になると強くなる「もう辞めよう」という気持ち。それでも半年後、片方は復職への足場を組み直し、もう片方は勢いで退職届を出して、その決断を後で持て余していました。

2人を分けたのは症状の強さではありませんでした。新しく出た症状を「壊れていく指標」として読むか、「動きはじめた指標」として読むか——たった一つの目盛りの向きです。この記事は、不安障害の治療中に悪化に見える現象と、仕事を続けるべきか休職・退職すべきかの判断を、その目盛りから考え直すためのものです。

凍っていた頃:診断前は「何も感じない代わりに動けていた」

不安障害の治療中に症状が悪化するのはなぜか。それを考える前に、治療を始める「前」の状態を見直す必要があります。

多くの人は、診断がつく前を「まだ普通に働けていた時期」として記憶しています。朝は無感覚のまま身支度をし、電車に乗り、先輩から積まれる仕事を黙々とこなせていた。泣くこともなかった。けれどそれは「元気だった」のとは違います。感じる力が凍っていたから、動けていただけかもしれません。

職場でどんどん積まれる仕事を、あの頃は何も感じずにこなせていました。休んで少し緩んだ今になって初めて、あんなに我慢してたのか、って怒りと涙が同時に込み上げてきて。

心理学では、耐えがたい負荷にさらされ続けると、感情や身体感覚を一時的に切り離して「感じないことで動く」状態が生まれることが知られています。一見すると安定に見えますが、これは凍結した不適応であって、健康な安定ではありません。「何も感じない代わりに動けていた」は、回復の到達点ではなく、麻痺の別名だったのです。

解凍が始まる時に起きること:朝の涙・手の震えは感覚が戻る通り道

薬や休養で身体が緩みはじめると、それまで凍結して感じずに済んでいた不安が、初めて表に出てきます。朝起きると理由もわからず涙が止まらない。手が震える。これらは「薬が合っていない証拠」に見えますが、多くの場合はそうではありません。

麻痺していた身体が緩むと、しまい込まれていた感覚が戻ってきます。今つらいのは感じる力が再起動しているからで、震えや涙は感覚が戻る過程で通る「解凍痛」とも呼べるものです。症状が消えたかどうかより、症状が“動き出した”かどうかに注目してみてください。

朝起きると不安で涙が出る、手が震えるといった症状への対応で大切なのは、まずそれを「止めるべき異常」と決めつけないことです。もちろん、動悸や震えが強く日常生活を圧倒するほどなら主治医への相談が要りますが、涙が出た朝は、こう試してみてください。

  • 涙を止めようとせず、「今、凍っていたものが溶けている時間」と名前をつけて、2分だけそのまま過ごしてから動き出す。

名前をつけると、正体不明の恐怖が「経過の一部」に変わります。これは認知行動療法でいう、出来事の意味づけ(認知)を一つ置き換える作業に近いものです。

悪化と読む人/解凍と読む人:同じ症状、逆向きの目盛り

ここが分かれ道です。同じ「朝の涙・手の震え」に対して、目盛りの向きが正反対になります。

悪化と読む人:「新しい症状が出た=壊れていっている=この治療は失敗だ=早く手を打たなければ」

解凍と読む人:「新しい症状が出た=麻痺していた感覚が戻り始めた=痛いが動いている=順番を記録して主治医に渡そう」

投薬治療しても不安障害が治らないと感じるとき、その「治らない感じ」の中身が、実は「感じられるようになった」変化であることは少なくありません。感覚が戻れば、これまで見えなかったつらさが見えるので、主観的には悪化したように感じます。感じる量が増えたことと、状態が悪くなったことは、別物です。目盛りを逆に読むと、対処の方向がまるごと変わってしまいます。

仕事を続けるべきか——判断を「今」に置かないという判断

不安障害の治療中、悪化に見える時期に「仕事を続けるべきか、辞めるべきか」を検索する人の多くは、夜にその答えを出そうとしています。

こんなに調子が悪いなら、いっそ辞めたほうがいいのかなって、夜になると強く思っちゃうんです。復職か退職か、深夜ほど「もう無理だ」という結論が鮮明に見えてくる。

感情が解凍され始めて涙もろくなった時期に限って、「辞めよう」という結論が最もくっきり見える——これには理由があります。解凍期は、判断の精度が最も落ちる時期だからです。溢れてくる感情は状況判断ではなく、解凍痛そのものが出させている結論のことが多い。年末年始の沈んだ夜に大きな決断をしかけて、翌週には「あの焦りは何だったんだろう」と不思議に思う、という経験に覚えのある人もいるでしょう。

だから、仕事を続けるか休職するかの判断基準として、まず一つ目に置きたいのはこれです。

  • 「辞める」「別れる」など不可逆の決断が浮かんだら、カレンダーに「2週間後にもう一度考える」と書き、今日は決めないと決める。

そのうえで、続けるか休むかの現実的な目安は「決断」ではなく「機能」で見ます。朝、支度をして家を出られるか。仕事中に安全が保てるか。休養で症状の順番が動いているか。生活の土台が崩れているなら休職を主治医と相談し、動きが出ているなら、負荷を減らしながら続ける選択肢も残ります。危機的な気分の底で重大な決定を保留するのは、臨床でよく用いられる原則です。

主治医に伝えるのは「つらい」ではなく「いつ・何が新しく出たか」

手帳を見返して、震えが出始めたのは薬を増やした翌日、朝の涙が出たのはその3日後だと気づいた人がいました。「いつ・どの症状が出たか」を並べると、単なる悪化ではない順番が見えてきたのです。

診察で伝えるべきは、つらさの強さより「いつ、どの症状が新しく出たか」という時系列の記録です。この順序が、薬の副作用なのか、解凍痛なのか、本当の悪化なのかを切り分ける材料になります。主観の強さより経過の順序のほうが、手がかりとして役立つことが多いのです。

そこで、仕事を続けながら不安障害の改善に取り組む具体策として、負担の少ない記録を一つだけ持ちます。

  • 『症状ログ』を1行だけつける。「日付/新しく出た症状/薬の変化」の3項目のみ。つらさの点数ではなく、いつ・何が新しく出たかだけを書く。
  • 次の診察の前に、伝える内容を「いつ・どの症状が新しく出たか」の順で3行にまとめる。感情語ではなく時系列で話す準備をしておく。
  • 涙や震えが出たら、口の中で「これは壊れてる指標? 動き出した指標?」と一度だけ目盛りの向きを問い直す。答えは出さなくていい。問い直す習慣だけ作る。

なお、不安障害の治療期間がどのくらいかかるかは、症状のタイプ・経過・環境によって幅が大きく、数か月で楽になる人もいれば、より長く付き合う人もいます。共通するのは、直線的に良くなるのではなく、解凍痛のような揺り戻しを挟みながら進むということ。だからこそ「今日の一点」ではなく「時系列の動き」で見る視点が要ります。

目盛りを反転させたあとに残る、本当に見るべき一つの問い

「治療してるのに悪化する」を「壊れていく指標」から「動きはじめた指標」へ読み替えたあと、最後に残る問いはシンプルです。

この症状は、感じないために凍っていた頃に戻りたいものか。それとも、感じられるようになった代わりに通っている痛みか。

もし後者なら、いま辞めるべきは仕事ではなく、「今日この夜に人生を決めること」のほうかもしれません。判断はこの波が引いてから。今日は、日付と新しく出た症状を1行書いて、目盛りの向きを一度だけ問い直す——それだけで、半年後に分かれる分岐点の、こちら側に立ち直せます。

※この記事は情報提供を目的としたもので、診断や治療の指示ではありません。つらさが強いとき、自分を傷つけたい気持ちがあるときは、主治医・精神科医療機関・地域の相談窓口へ早めにご相談ください。薬の調整は自己判断で行わず、担当医と相談してください。

心理士・カウンセラー 新田 ゆりえ
監修新田 ゆりえ心理士・カウンセラーカウンセラー紹介を見る ›